『この自由な世界で』

スタッフ

監督

ケン・ローチ

本名ケネス(Kenneth)・ローチ。1936年6月17日ワーウィックシャーのナニントンで電気工の父と仕立屋の母のもとに生まれる。幼い頃から芝居が大好き、俳優になるのが夢だった。地元の高校卒業後、空軍で2年間の兵役についた後、オックスフォード大学に進んで法律を学ぶ。卒業後、ウエストエンドの劇団で代役俳優の仕事を得るが、自分は俳優向きじゃないと見切りをつけて以後は演出に専念。61年、ABCテレビから一年間の援助を得てノーザンプトン劇団に演出補佐として参加。63年には、BBCテレビの演出訓練生となる。翌年、30分のドラマ「Catherine」で演出デビュー。ネル・ダン原作の「Up the Junction」(65)を手がけ高く評価された。続いて、今もイギリスTV映画史上に残る名作とされる「Cathy Come Home」(66)を発表。労働者階級の日常を背景に、社会の問題と対峙する人間のドラマを妥協のない視点で描くローチの世界を確立した。
67年、いよいよ映画の世界へ。長編映画第一作は、再びネル・ダン原作の『夜空に星があるように』(67)だった。評価は高かったものの満足のいく制作ができなかったローチは、トニー・ガーネットと独立系映画会社ケストレル・フィルムズを設立し、名作『ケス』(69)を完成させた。72年には長編第2作「家庭生活」を発表、高く評価されたが国内での興行が失敗し、映画製作の機会に恵まれなくなる。だが、この間は映画制作を続けながらも、「The Big Frame」(69)、「Days of Hope」シリーズ(75)や「狩場の管理人」(80)といった重要なTV作品を生んだ。
そして、90年代に入ると第一級の映画監督として復活。以降はコンスタントに映画を発表し、いずれもが世界3大映画祭で受賞。名実共に世界で最も偉大な映画監督の一人となる。2006年には『麦の穂をゆらす風』で遂にカンヌ映画祭パルムドール大賞。つづく本作ではベネチア映画祭最優秀脚本賞と相次いで傑作を発表。70歳を越えた名匠の、人と社会を見つめるまなざしは、驚嘆すべきことに、いまだ曇りを知らず瑞々しい。

■主なフィルモグラフィー(映画作品のみ)
1967年 『夜空に星のあるように』カルロヴィ・ヴァリ映画祭特別賞/主演女優賞
1969年 『ケス』カルロヴィヴァリ映画祭グランプリ
1972年 「家庭生活」ベルリン国際映画祭批評家連盟賞
1979年 「ブラック・ジャック」カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞
1981年 「まなざしと微笑み」カンヌ国際映画祭現代映画賞
1986年 「祖国」
1990年 「ブラック・アジェンダ/隠された真相」カンヌ国際映画祭審査員賞
1991年 『リフ・ラフ』カンヌ国際映画祭批評家連盟賞、ヨーロッパ映画大賞
1993年 『レイニング・ストーンズ』カンヌ国際映画祭審査員賞
1994年 『レディバード・レディバード』ベルリン国際映画祭銀熊賞
1995年 『大地と自由』カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞、ヨーロッパ映画大賞
1996年 『カルラの歌』ベネチア国際映画祭イタリア上院議長金メダル賞
1998年 『マイ・ネーム・イズ・ジョー』カンヌ国際映画祭主演男優賞
1996年 『ブレッド&ローズ』
2001年 『ナビゲーター ある鉄道員の物語』
2002年 『SWEET SIXTEEN』カンヌ国際映画祭脚本賞
2002年 『11' 09'' 01/セプテンバー11』(オムニバス)
2004年 『やさしくキスをして』
2005年 『明日へのチケット』(アッバス・キアロスタミ、エルマンノ・オルミ共同監督)
2006年 『麦の穂をゆらす風』カンヌ国際映画祭パルムドール賞
2007年 『それぞれのシネマ』(オムニバス)
2007年 『この自由な世界で』ベネチア国際映画祭金のオデッセラ賞(脚本賞)


脚本

ポール・ラヴァティ

カンヌ、ベネチアを制するという快挙を成し遂げたポール・ラヴァティだが、その素顔は、誠実で気取りなくユーモア溢れる人物だ。「ケンとの共通点は、同じ社会的テーマに関心があり、好奇心が強く、何よりサッカーに夢中なこと」と語る。
1957年、スコットランド人の父とアイルランド人の母の間に、インドのカルカッタで生まれる。スコットランドのグラスゴーへ移り、法学を修め、非常に優秀な弁護士としてドラッグ問題や犯罪関係を扱う。84年にニカラグアへ派遣されて現地の人権問題に取り組む。翌年再訪し、2年半滞在して人権擁護団体と共に働きながら、エルサルバドル、グアテマラなど中米をくまなく見て回る。その時、弁護士として様々な問題に直面するうち、現状を改善できないことに憤りを感じ、自分が見てきたことを映画にしようと決意。もっとも当時、ラヴァティは映画制作については何も知らなかったので、多くの映画関係者にアプローチしたが皆反応は冷たかった。そんなある日、ケン・ローチからの電話を受け取り、ローチのすすめで、ニカラグアでの経験を基に、後に『カルラの歌』となる脚本を書き始めた。以来10年以上にわたってローチとともに映画をつくっている。94年にはアメリカのフルブライト賞を受けたのをきっかけに、1年間ロサンゼルスで勉強しながら脚本を執筆。この時の経験はやがて『ブレッド&ローズ』につながった。
ローチと手を組んで4作目となる『SWEET SIXTEEN』では2002年カンヌ国際映画祭で脚本賞を見事に受賞。本作ではベネチア映画祭脚本賞に輝き、まぎれもなく世界でもっとも優れた脚本家の一人となった。

■フィルモグラフィー
1996年 『カルラの歌』
1998年 『マイ・ネーム・イズ・ジョー』
1999年 『ブレッド&ローズ』
2002年 『11'09"01/セプテンバー11』
2002年 『SWEET SIXTEEN』
2005年 『明日へのチケット』
2005年 「Cargo」(クライヴ・ゴードン監督)
2006年 『麦の穂をゆらす風』


製作スタッフ

製作:レベッカ・オブライエン
製作総指揮:ウールリッヒ・フェルスベルク
音楽:ジョージ・フェントン
撮影:ナイジェル・ウィロウビー
美術:ファーガス・クレッグ
録音:レイ・ベケット
キャスティング:カーリーン・クロフォード
編集:ジョナサン・モリス
ライン・プロデューサー:ティム・コール
衣裳:キャロル・K・フレイザー
音響編集:ケヴィン・ブレイジエ
ロケーション:エマ・ウッドコック

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